著作者人格権の不行使条項とは|意味と署名前に確かめたい範囲
公開 2026-10-29 監修:株式会社エージェントベスト
著作者人格権の不行使条項とは、「受託者は、成果物について著作者人格権を行使しない」と約束する条項です。著作者人格権は譲渡できない権利なので、著作権(財産的な権利)を発注者に移しても作った人の手元に残ります。そこで、発注者が成果物を自由に改修したり、作者名を出さずに公開したりできるよう、権利を「使わない」という約束を入れておくのがこの条項の役割です。
IT業務の契約ではよく見る条項で、置かれていること自体は珍しくありません。署名前に確かめたいのは、誰に対して、どの成果物について、どんな利用について行使しないのかの3点です。著作権の帰属そのものは成果物の著作権の記事で解説しているので、ここでは人格権の条項に絞ります(2026年10月時点)。
著作者人格権に含まれる3つの権利
著作権法は、著作者人格権として次の3つを定めています。
| 権利 | 内容 | 条文 |
|---|---|---|
| 公表権 | まだ公表されていない著作物を、公衆に提供・提示するかどうかを決める | 第18条 |
| 氏名表示権 | 著作物に実名や変名を著作者名として表示するか、表示しないかを決める | 第19条 |
| 同一性保持権 | 著作物やその題号を、意に反して変更・切除などの改変をされない | 第20条 |
あわせて、著作者の名誉や声望を害する方法で著作物を利用する行為も、著作者人格権を侵害する行為とみなされます(第113条第11項)。
これらの権利は著作者の一身に専属し、譲渡することができません(第59条)。著作者が亡くなった後も、著作物を公衆に提供する人は、生きていれば著作者人格権の侵害となる行為をしてはならないとされています(第60条)。契約で著作権を移しても、こうした人格的な利益の部分は作った人に結びついたまま残る、というのが不行使条項が必要とされる背景です。
プログラムの改変には法律上の例外がある
同一性保持権には例外があります。第20条第2項は、特定のコンピュータで動かないプログラムを動くようにするための改変や、より効果的に動かすために必要な改変を、同一性保持権の対象外としています(第3号)。また、著作物の性質や利用の目的・態様に照らしてやむを得ないと認められる改変も対象外です(第4号)。
ただし、この例外は範囲が限られています。機能の追加や画面の作り替えのような改修が、すべて例外に当たるとは言い切れません。そのため、発注者が後から自由に改修できるよう、契約で不行使を約束してもらう形がとられます。設計書や報告書、画面のデザインのようにプログラム以外の成果物では、この例外がそもそも使えない場面も多くなります。
条項の書き方には幅がある
不行使条項は、同じ「行使しない」でも、対象の範囲によって意味が変わります。情報処理推進機構(IPA)の「情報システム・モデル取引・契約書(第二版)」では、受託者に著作権を残す案で、発注者が自ら使うために必要な範囲で複製・翻案できるとしたうえで、「かかる利用について著作者人格権を行使しない」という形をとっています。共有とする案でも、発注者の利用について行使しないと定めています。つまり、契約で認めた利用に限って行使しないという書き方です。
一方、実際の契約書では、もっと広く書かれていることもあります。
| 書き方の型 | 文言の例 | 読み方 |
|---|---|---|
| 利用の範囲を限る型 | 「甲の本契約に基づく利用について、著作者人格権を行使しない」 | 契約で認めた利用に限られる |
| 第三者まで含む型 | 「甲及び甲が指定する第三者に対し、著作者人格権を行使しない」 | 発注者の顧客や再委託先による改変・利用も含まれる |
| 包括的な型 | 「成果物に関し、著作者人格権を一切行使しない」 | 相手や利用の範囲に限定がない |
第三者まで含む型は、発注者がさらに別の会社にシステムを納めたり、保守を別の会社に任せたりする場合を想定したものです。業務の構造上、必要とされることもあります。
包括的に「一切行使しない」と約束する条項が、あらゆる場面でそのとおりに扱われるかは、個別の事情によって見方が分かれうる部分です。個別の契約でどう判断されるかは、弁護士などの専門家にご相談ください。
署名前に確かめたい5つの点
- 誰に対して行使しないのか:発注者だけか、発注者が指定する第三者や、権利を承継した会社まで含むか
- どの成果物が対象か:今回作った成果物だけか。以前から持っているコードやテンプレートが「成果物」に含まれて読めないか
- どんな利用が対象か:契約の目的の範囲の利用に限るか、限定がないか
- 氏名の表示をどう扱うか:作者名を出さないことに同意するのか、自分が実績として担当を示すことまで制限されるのか
- 著作権の譲渡の条項とそろっているか:譲渡の対象から外したもの(従前から持つもの、第三者の権利に属するもの)が、不行使の対象からも外れているか
2と5は、著作権の記事で触れた「従前から保有するものを除く」の考え方とそろえておく部分です。譲渡の条項では手持ちのコードを除いているのに、不行使の条項が「本業務に関して作成されたすべての著作物」となっていると、範囲がずれることがあります。
公表権は著作権の譲渡でも影響を受ける
不行使条項がなくても、公表権については法律上の推定があります。まだ公表されていない著作物の著作権を譲渡した場合、著作者は、その著作権の行使によって著作物を公衆に提供・提示することに同意したものと推定されます(第18条第2項第1号)。
つまり、著作権を発注者に移す契約では、発注者が成果物を公開することについて、改めて人格権を理由に止めるのは難しい形になっています。不行使条項で特に意味が大きいのは、改変(同一性保持権)と作者名の表示(氏名表示権)の部分だと考えると、読むポイントを絞りやすくなります。
実績として示すこととの関係
氏名表示権を行使しないと約束しても、それだけで「自分が担当したと話してはいけない」という意味になるとは限りません。氏名表示権は、著作物を公衆に提供するときに作者名をどう表示するかの権利だからです。
また、著作権法第19条は、著作物を利用する人は、著作者が別の意思を示さない限り、すでに著作者が表示しているとおりに著作者名を表示できるとし、利用の目的や態様に照らして著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り著作者名の表示を省略できるともしています。業務システムの画面や社内向けの資料に作者名が出ないことは、もともとこうした考え方とも関わる部分です。
実績として話せる範囲を決めているのは、多くの場合、秘密保持の条項のほうです。スキルシートや面談で担当した工程や役割を伝えるときは、スキルシートと守秘義務の記事とNDAの記事を参考に、秘密保持の範囲を確かめます。成果物そのものを公開して見せたい場合は、ポートフォリオやGitHubの記事も参考にしてください。
修正を相談するなら
範囲が広すぎると感じた場合の相談の仕方として、次のような方向があります。
- 「本契約の目的の範囲内の利用について」と、利用の範囲を限る
- 対象を「本件成果物」に限り、従前から保有するものを除くと明記する
- 作者名を表示しないことには同意しつつ、名誉や声望を害する利用は除くよう求める
修正の依頼の出し方そのものは、契約書のひな形に修正を求めるときの考え方で整理しています。
よくある質問
不行使条項を削ってほしいと頼んでもよいですか?
頼むこと自体はできますが、発注者は成果物を後から改修できないと困るため、削除は受け入れられにくい条項です。削除よりも、対象の成果物や利用の範囲を限る修正のほうが話がまとまりやすくなります。
不行使条項に同意したら、自分の名前で実績を公開できなくなりますか?
不行使条項は、主に発注者による改変や作者名の表示の仕方についての約束です。実績として何を話せるかは、秘密保持の条項に左右されることが多いため、両方の条項をあわせて確かめてください。判断が難しい場合は専門家にご相談ください。
契約が終わった後も、不行使の約束は続きますか?
契約の終了後も効力が続く条項として、秘密保持などと並んで著作権関係の条項が挙げられていることがよくあります。存続する条項の一覧(「存続条項」)に含まれているかを確かめてください。
参考にした公的情報・資料
記事の内容は公開日時点の情報にもとづきます。制度や税率は変わることがあるため、手続きの前に必ず各機関の最新情報をご確認ください。